【研究者インタビュー】磯貝教授に聞くベーシック研究第一弾

2020.7.3

【研究者インタビュー】

「磯貝浩久教授に聞くベーシック研究第一弾」

フェルクのベーシック研究第一弾は、                                                                              

eスポーツプレイヤーのパフォーマンスと関連する認知要因の実験的検討

としてまとめられました。

2020年2月当ホームページにて発表されたこの研究は本邦にて初めて、eスポーツプレーヤー

ニューロトラッカー(複数対象追跡MOT)」「感情状態」「スポーツビジョン視覚能力

複合的に測定・分析した研究です。

※2020年日本デジタルゲーム学会発表予定が、新型コロナ影響による学会開催中止のため紙面発表に

この研究の概要やどんな知見が得られたのか。

調査研究の中心となったフェルク理事長:磯貝浩久教授(九州産業大学)にインタビューしました。

ベーシック研究第一弾について

ーーー磯貝教授、この研究に取り組まれたきっかけについてお聞かせ下さい。

私は、これまでサッカーや野球などのリアルスポーツで、状況判断や注意力といった認知能力に関する研究を、ニューロトラッカーという機器を使って行なっていたのですが、eスポーツプレイヤーにとっても認知能力は重要であると考えていました。

そこで、大原学園eスポーツ部の作花先生、福岡デザイン&テクノロジーeスポーツ学科の谷川先生を訪問してインタビューしたところ、eスポーツでは体格や体力などのフィジカル要素はほとんど関係なく、ゲーム状況を適切に判断したり先を予測するといった認知能力がとても重要ということをお聞きしました。また、我々が使用しているニューロトラッカーは、eスポーツとの親和性が高く有効なトレーニングになるとの意見もいただき、共同で研究することになりました。

写真)大原学園福岡校eスポーツ部室
写真)福岡デザイン&テクノロジー専門学校

ーーーこの研究の概要について、あらためてお話し頂けますでしょうか?

今回の研究は、eスポーツプレイヤーのパフォーマンスと関連する認知要因を明らかにすることを目的として行いました。認知要因として、複数対象追跡(MOT:移動する複数の対象の動きを同時に眼で追跡する)スキル、スポーツビジョン(動体視力や瞬間視力などスポーツに必要な視覚能力(8項目))、さらに感情状態(緊張、怒り、活気などの6つの感情)も測定しました。複数対象追跡スキルの測定にはニューロトラッカーを用い、スポーツビジョンは私たちが保有する設備を使って測定しました。感情状態の測定には、メントレアプリというアプリケーションを用いました。

eスポーツを4つのゲームタイプ(レーシング系、格闘系、MOBA系、FPS系)に分け、それぞれを得意とする15名に実験に参加してもらいました。そして、ゲームタイプ別に、複数対象追跡スキル、スポーツビジョン、感情との関係を調べました。また、複数対象追跡スキルをトレーニングすることで、ゲームのパフォーマンスが良くなるかについても調べました。

写真)スポーツビジョン測定の様子

 その結果、ゲームタイプの特徴として、MOBA系は複数対象追跡スキルと動体視力が高く、FPS系は瞬間視が高い傾向にあることが明らかになりました。また、eスポーツプレイヤーの複数対象追跡スキルはトレーニングすることが可能であり、複数対象追跡スキルが向上することにより、ゲームのパフォーマンスが良くなることが明らかになりました。特に、グランツーリスモSPORTの参加者では、複数対象追跡スキルの得点が上がるとタイムが短縮されるということがクリアーに示されました。これらのことから、eスポーツのパフォーマンス発揮にとって、複数対象追跡スキルが重要であると考えられます。

 また、複数対象追跡スキルは活気が高く、混乱が低いときに良くなることから、感情状態の影響を受けることが示唆されました。

研究成果を簡単にまとめると、動体視力などのスポーツビジョンを高め良い感情状態を保ちながら複数対象追跡スキルを向上させることによって、eスポーツのパフォーマンスは良くなると言えます。ただ、今回の研究では参加者が少なかったことから、人数を増やして追試していくことも必要かと思います。

注目のニューロトラッカー

ーーー研究に用いられたニューロトラッカーについて、もう少し詳しく教えてください。

ニューロトラッカーは、カナダ・モントリオール大学のジョスリン・フォーベー教授が、20年にわたる脳神経科学の研究から開発されたシステムで、新しい脳トレーニングシステムと言われています。注意力の向上・感情のコントロール・判断力の向上・記憶力の向上・脳の活性化などの効果があるとされます。脳神経科学、心理物理学、認知心理学、スポーツ科学の分野で、世界中で研究が多数行われその効果が示されています。また、スポーツ界では認知機能のトレーニングが注目されていますが、ニューロトラッカーはマンチェスターユナイテッドをはじめ、世界で1000以上のトッププロチームからアマチュアチームまで活用しているようです。

写真)ニューロトラッカーによるトレーニングの模様。複数対象追跡の名の通り、動く対象を追うことで認知機能向上がみられるという

 ニューロトラッカーには元々興味を持っていたのですが、ジョスリン教授が来日された際に、九州工業大学の私の研究室にもきていただき、詳しく説明を受けたのをきっかけとして、研究室の学生と共に様々な研究に取り組むようになりました。大学サッカー選手の複数対象追跡スキルに関する研究や、野球の選球眼と複数対象追跡スキルの関係などの研究成果を得ています。最近では、今年の3月に博士論文を作成した古門くんの研究もこのニューロトラッカーに関するものでした。あまりにも効果的なトレーニングシステムなので、私が代表理事を務めるBASラボ(一社)行動評価システム研究所)でも保有し、また輸入できるようにもしてもらいました。

 九州産業大学に異動したことを機に、福岡市を拠点に活躍するアビスパ福岡と九州産業大学とで共同研究契約を昨年結ばせてもらいました。今年はアビスパ福岡トップチームの希望者にニューロトラッカーを用いたトレーニングを毎週行っています。BASラボの関係者にもサポートしてもらっていますが、13名の選手とスタッフともに、楽しく張り切ってトレーニングしています。

Jリーガーの認知機能の本格的なトレーニングは全国的にも珍しいようです。この取り組みでアビスパ福岡のJ1昇格に貢献できればと考えています。また同時に、日本のスポーツ界にニューロトラッカーが普及していくことを願っています。

感情状態とアプリ

ーーー「感情状態」の測定・研究についてもう少し詳しく教えてください。ーーー

感情状態の測定には、BASラボで開発したメンタルを可視化することができるメントレアプリを利用しました。試合で良いパフォーマンスを発揮する為には、「心」「技」「体」が重要と言われています。メントレアプリは特にメンタル面に特化し、その日の感情や気分をチェックすることによって、試合に向けてメンタルコンディションを整えるを可能にするというものです。また、メンタルトレーニングをアプリを使って出来るようにしています。

写真)BASラボ研究所開発のメントレアプリ。多くのスポーツ団体で採用されている

 感情状態をどのように測定するかですが、世界的に有名な感情尺度POMSというものがあります。POMSは、感情を緊張、抑うつ、怒り、活気、疲労、情緒混乱の6つの因子(64項目)で評価するものです。我々は、このPOMSの因子を基本として6項目で、緊張、抑うつ、怒り、活気、疲労、情緒混乱の6因子の評価方法を開発し、その妥当性と信頼性を確認しました。そして、PoESと名付けましたが、それをアプリに搭載しています。

 また、感情に関する有用な理論として、感情円環モデルというものがあります。このモデルでは、感情を2つの軸、すなわち「快―不快」軸と「冷静―興奮」軸に分けて、その組み合わせの配置で感情を評価します。この考え方を基本に、アプリでも「快―不快」と「冷静―興奮」の2軸を評価できるスケールを開発しました。

 これらを用いて、感情状態を測定しています。

スポーツビジョン測定

ーーー「スポーツビジョン視覚能力」についてもたいへん興味深いのですが、磯貝教授はこの測定設備もお持ちとうかがっています。

スポーツにおいて眼が重要な役割を担っており、競技力の優れている選手は優秀な視覚能力、すなわちスポーツビジョンを持っていることが明らかにされています。スポーツビジョンは、静止視力、縦動体視力、横動体視力、コントラスト感度、眼球運動、深視力、瞬間視、眼と手の協応動作の8項目で評価します。この8項目には、トレーニング可能な眼の機能とトレーニングが困難な眼の機能がありますが、そのようなことはあまり知られていません。

スポーツビジョンを正しく評価することで、自分の「見る特性」や長所、短所を知ることができます。そして、それらをトレーニングすることでパフォーマンス向上が図られると考えます。

写真)BASラボによるスポーツビジョン測定の模様。8項目検査可能な施設は全国的に貴重な存在だという

今お話ししたスポーツビジョンの8項目をトータルで測定できる場所は、残念ながら現在は滋賀県と我々の所の2箇所になっています。我々と言いましたが、機器そのものはBASラボが所有していて、それを九州産業大学に置いてあるという状況です。スポーツビジョンの普及、発展のためには様々な場所で測定できることが望ましいのでしょうが、2箇所という現状になっているようです。貴重な設備があるという責任を受け止めて、研究や指導を積極的に行い社会的な認知を高められるよう努めて行きたいと考えております。現在は、8つの視覚機能をこれまでスポーツビジョン協会が蓄積してきた2500名程度のデータを基に、5段階でグラフに表示する工夫をしてフィードバックしています。また、㈱ジャムコンさんと連携して、完全矯正視力検査も測定できる体制を整えました。ソフトバンクホークス、アビスパ福岡、日本代表ホッケー選手などリアルスポーツのトップアスリートを中心に測定してきましたが、今後はeスポーツプレイヤーにも測定を広めて、スポーツビジョンの重要性を知ってもらえればと考えております。

eスポーツプレイヤーの印象

ーーーリアルスポーツのアスリートを多数研究されて来たお立場からみて、研究対象のeスポーツプレイヤーの印象はいかがでしたか?

今回の研究結果では、スポーツビジョンの8項目全体、複数対象追跡スキルともにリアルスポーツの選手と同等以上の数値が示されました。特に、瞬間視力が非常に高かったのは印象的でした。やはり、eスポーツプレイヤーでも一流になっていくためには、スポーツビジョンや複数対象追跡スキルが重要だと実感しました。

リアルスポーツでは、レベルの高い選手ほど何事にも興味をいだき、能力を伸ばすことに対してとても積極的に取り組む姿が見られますが、eスポーツプレイヤーにも全く同じ姿勢が見られたように思います。

 パフォーマンスを伸ばすためには、科学的な研究や合理的なトレー二ングが重要ですが、最後は取り組む姿勢など本人のやる気が大切になると感じました。

リアルスポーツ選手同様、eスポーツ選手の研究発展に期待がかかる

ーーーeスポーツプレイヤーに対するたいへん興味深い知見が得られた研究ですね。今後も研究発展が期待されています。磯貝教授、ありがとうございました。