森田泰暢准教授【eスポーツの研究余地】-ビジネス・体験・サービスデザイン・組織-

2020.7.8

【研究者の眼】 森田泰暢准教授 (福岡大学商学部)

eスポーツの研究余地

-ビジネス・体験・サービスデザイン・組織-

参画研究者の知見をご紹介する「研究者の眼」。

第4回は、福岡大学商学部にて産学連携プロジェクトの組織論を研究されている森田泰暢准教授に、ご専門領域からみたeスポーツの研究余地について知見をお話頂きます。森田先生はご研究のみならず、みずから産学研究プロジェクトを行われている経験も踏まえ、フェルクでもたいへん貴重な見識でご活躍頂いています。


福岡大学 商学部の森田泰暢と申します。大学では組織論を教えていまして、企業と大学との連携プロジェクトという一種のコミュニティ内において企業の担当者は何を学習しているのかについて研究をしています。その兼ね合いもあり、自ら産学連携のプロジェクトを行うことも多く、プロジェクト内ではユーザーエクスペリエンス(ユーザー体験)デザインサービスデザインと呼ばれる分野で用いられる考え方や手法を活用して企業に対するサービスやビジネスの提案を学生とともに行っています。

 また福岡大学商学部には、ゲームをはじめとする知的コンテンツのマネジメントやプロデュースなどを行う人材を育成するプログラムである「クリエイティブ・マネジメント・プログラム」が2018年より始まりまして、そちらへも運営委員のひとりとして参加しております。それに伴ってゲーム関連の研究・教育を進める流れがあり、自身の興味関心(ゲームの中だと対戦ゲームばかりやってきました)と照らした時に、eスポーツに関する研究は面白そうだと感じ、FeRCへ参加をしました。

eスポーツ研究のキーワード

 これまでの自身の経験を踏まえた際に「ビジネス」「体験」「サービスデザイン 」「組織」はキーワードになります。これらとeスポーツとの関係をみながら、今後研究に取り組むとよいのではないかと考えるポイントについて述べてみます。

 日本でも注目を集めるeスポーツはスポンサー収入、放映・配信権料、イベントの参加料、グッズ展開といったスポーツにおける大きな収入の柱が小さく(筧、2018)、どのように産業化していくのかという課題はあります。

 eスポーツのビジネスにおける様々な可能性を考える中で「ノンプレイヤー」の存在は見逃せません。和田(2019)では、eスポーツにおける実際にプレイをしているプレイヤー、自分もプレイヤーではあるが一旦手を止めてより高度なプレイを見ているオフプレイヤー、プレイヤーではないノンプレイヤーの存在が提示され、今後のゲーム産業における「ノンプレイヤー」の重要性が述べられていました。スポーツにおいても細かなルールやチームについてはわからないけども、スタジアムへ観戦に訪れる層も登場しています。eスポーツ分野でも、自身はゲームをするわけではないがゲーム実況者のファンであり、実況者が生でゲームをプレイするライブイベントへ参加していたりします。これらの参加体験の重要性は学術論文でも指摘されることは 多く、Seo( 2013)では、ゲーム企業、プレイヤー、オンラインコミュニティ、運営組織、そして他の多くのステークホルダーの協働的な努力により「経験からの価値」を創出する必要があると述べられいます。Twitchなどのライブストリーミングの視聴特性(Chia-Chen Chen, Yi-Chen Lin,2018)や視聴動機(Max Sjöblomab, Juho Hamari, 2017)、そしてプレイや観戦に関する観戦体験についての検討は重ねられています。

今後のeスポーツビジネスにおいて「ノンプレーヤー」の存在は見逃せない

“ユーザー体験”

 利用者の体験は「ユーザーエクスペリエンス(以下UX)」と呼ばれ、ゲームや競技の観戦の文脈であれば、観戦中に感じる感情の特定の変化を示す「一時的UX」、観戦後の余韻や振り返りに関する評価 にあたる「エピソード的UX」、観戦体験を繰り返し重ねていく「累積的UX」で表されます(UX白書、2011)。予期的 UXとは、初めての観戦体験よりも前の期間、あるいは上述の3つのUXの期間よりも以前のことです。観戦に関する議論は一時的UXの検討がやはり中心になります。

 しかし、eスポーツのプレイを直接観戦や視聴する体験の期間以外でもeスポーツとの接点があるはずです。株式会社カプコンでは、ゲームのプレイに関する体験のみではなく「ユーザーがゲームを知った瞬間から余韻に浸るまでのゲームとユーザーとの接点(タッチポイント)の全てをゲームにおけるUXと定義し、それらに関わるデザインをすることをUXデザイン室の目標として掲げています(植田、2016)。新作の発表や体験版のプレイにスムーズな購入、新たなダウンロードコンテンツやグッズの購入などユーザーとゲームとのタッチポイントは実に様々です。ゲームプレイ以外にもこれらを全体をどのように設計し、ユーザーとの関係を創り上げていくのかです。これはeスポーツにおける観戦体験でも近しい考え方を持つことができるのではないでしょうか。

 ユーザー体験には、ユーザー文脈ゲームシステムの3つが影響する(UX白書、2010)と言われています。なかでも、体験について検討する際に欠かせないのがユーザーの利用文脈(コンテクスト)です。利用文脈とはユーザーが製品・サービスを使用する際の状況やその背景、あるいは使用する前後で起こる様々な出来事のつながりを指しています(安藤、2016)。新井(2013)ではソーシャルゲームにおける課金行動と心理的特性について分析をした結果、「日常のストレス発散としてソーシャルゲームを利用し、時間を有効に活用するために課金して楽しむ、ということも考えられるのである。となると、ソーシャルゲームにおける病理はソーシャルゲームの場の問題よりも、それを活用するユーザーの日常へのかかわりあいによって、課金行動が依存になるのか、活用になるのかが違ってくるのである」と考察しています。プレイ中のみに問題があるのではなく、プレイ前後にどのような体験が存在するかも考慮しなくてはならないということです。eスポーツの観戦体験を設計するには、その体験の前後も引き続き調査を行い、理解を続ける必要があります。

S-Dロジックとサービスエコシステム

 このようにユーザー体験を時間軸を広く捉えて理解および設計し、サービスとして提供していく動きが様々な産業で見られる中、サービスの本質的な特性からビジネスのあり方を見直す動きが広がっています。その中心にサービス・ドミナント・ロジック(以下S-Dロジック)という考え方があります(武山、2017)。S-Dロジックやサービスのデザインについて武山(2017)をもとに整理を行うと次の通りです。S-Dロジックは、企業が価値を生み顧客に与える「価値提供」の発想ではなく、企業は顧客自身が価値を創造するためのリソースや場を提供する支援者であり、顧客自身ががそれらリソースを統合させて価値を生む「価値共創」の発想である。同じゲームをプレイするにしても、キャラクターのレベルアップに楽しみを見出す人もいれば、早くクリアすることに喜びを感じる人もいます。同じeスポーツの試合や観戦体験に対しても様々な人が異なる感じ方をするでしょう。ゲーム開発企業から購入したゲーム内の種々のリソースに各プレイヤーが触れて統合をし、自ら体験的な価値を創出していると言えます。近年はインターネットサービスを介した新たなダウンロードコンテンツが提供され、新規のキャラクター投入やレベルの調整、新たなアイテムの提供など新たなリソースが同じゲームの中に逐次投入される状況も生まれており、eスポーツのプレイ体験、観戦体験もどんどん変化していきます。

 サービスの運営には様々な主体が関与し,その相互の関係性をデザインしなければなりません。eスポーツの大会においても参加チームやスポンサー、各種メディアやグッズショップ、観戦者など多くのステークホルダーが存在し、それらの関係性を考慮する必要があります。S-Dロジックに「サービスエコシステム」という概念があります。S-D ロジックでは「相対的な自律性をもった、リソース統合者間の自己調整システムで、各主体が共有された制度的秩序とサービス交換を通じた相互の価値創造によって結びつけられている」ものをサービスエコシステムと呼びます。eスポーツにおいてもお互いに価値を生み出す関係性を創っていかなければなりません。また、これまでの大会のあり方や規制や規程などの緩和や修正をしながら新たなeスポーツのシステム構築を目指す必要もあるでしょう。この再制度化までを含めたサービスエコシステムの設計・構築方法については,充分に発展していません。eスポーツにおけるノンプレイヤーの取り込みというのはサービスデザインにおける非ステークホルダーのステークホルダー化にあたります。ステークホルダー内のエコシステムデザインのみではなく、新たなステークホルダーを加えるためのエコシステムデザインはどのようなものであるかという点もまた興味深い点として研究の余地があると考えられます。

 ここまで、ビジネス、体験やサービスデザインといった領域とeスポーツとを関連付けながら、研究の余地があるポイントについて述べてきました。これ以外にもeスポーツの各種競技や大会を通じた参加者のコミュニティデザインやその中でのオンライン・オフラインを通じたコミュニケーションの有り様などまだまだ人文・社会学的な側面からも研究可能なポイントは多々あります。FeRCでの活動を通じて、eスポーツの発展に貢献できるよう努力してまいります。


【森田泰暢】福岡大学商学部准教授 福岡eスポーツリサーチコンソーシアム運営正会員

(参考文献)

・安藤昌也(2016)「UXデザインの教科書」丸善出版

・新井範子(2013)「ソーシャルゲームにおけるユーザーの心理特性と課金行動の関連性について」上智経済論集 58 (1): pp.277–287.

・Chen, Chia-Chen and Yi-Chen Lin(2018)”What drives live-stream usage intention? The perspectives of flow, entertainment, social interaction, and endorsement”, Telematics and Informatics, Volume 35, Issue 1,pp. 293-303.

・電ファミニコゲーマー『FFXIV』麻雀実装で新規・復帰が急増。プロ雀士も参戦し、24時間数秒でマッチングする初のコンテンツへ…実は“住めるゲーム”を目指す新たな挑戦の第一歩だった https://news.denfaminicogamer.jp/interview/190221 2019年2月21日

・筧誠一郎(2018)「eスポーツ論 ゲームが体育競技になる日」ゴマブックス

・Seo, Yuri(2013)”Electronic sports: A new marketing landscape of the experience economy”, Journal of Marketing Management, Volume 29, Issue 13-14, pp. 1542-1560.

・Sjöblomab,MaX and Juho Hamari(2017)”Why do people watch others play video games? An empirical study on the motivations of Twitch users”, Computers in Human Behavior, Volume 75, pp. 985-996.

・武山政直(2017)「サービスデザイン の教科書」 NTT出版

・Taylor, Nicholas(2016)”Play to the camera Video ethnography, spectatorship, and e-sports Convergence”, Volume 22 Issue 2, pp. 115–130, 2016.

・植田雅生(2016)株式会社カプコン UXデザイン室 植田 雅生 GTMF2016:株式会社Tooセッション 「CSゲーム開発現場での UXデザイン室の取り組みと UIデザイナーの専門性」 https://www.slideshare.net/GTMF/gtmf-2016csui-too

・User Experience White Paper(2011). http://www.allaboutux.org/uxwhitepaper (訳)ユーザエクスペリエンス(UX)白書(2011).

・和田洋一(2019)私があえてesportsをディスる理由 https://wellplayed.media/column-yoichiw-20190301/