【研究者の眼】西薗秀嗣教授インタビュー③
参画研究者の知見をご紹介する企画「研究者の眼」
西薗秀嗣教授(九州産業大学人間科学部スポーツ健康科学科)インタビュー最終回!生理学・バイオメカニクス・トレーニング科学・臨床心理学…幅広い研究領域で活躍されて来た西薗教授に、活き活きとeスポーツ研究へのお考えをお話し頂きました。
eスポーツを愛する人々に,ぜひ知って欲しい知的好奇心満載のインタビュー3部作ー③、最終回です。文責:FeRC事務局
(前回の続きから…)
脳の働き、判断メカニズムを調べたい
西薗:eスポーツ研究では、脳の働き、判断メカニズムの研究に取り組みたいですね。我々は、eスポーツで心身ともに元気になるように、“eスポーツを科学する”事が目標です。eスポーツの優秀な選手の能力、どこが凄いのかまず調べたい。その後のトレーニングに繋がるわけですから。
eスポーツ選手の能力を生理学的にいうと、冒頭でも述べた「入力系」(視覚聴覚などから情報を得る)⇒「情報処理系」(脳など中枢神経)⇒「出力系」(正確な操作等)という仕組みになるわけですが、特にこの“脳”は本当に面白い。同時に、脳も含めて、人間のことは全然わかっていなかった。
脳というのはね、「準備」しているんです。人間の運動はずっと前から予測し準備されている。いまだに発生していない事が脳内にはあるんですよ(笑)
事務局:発生していない事が脳に??(混乱)
ここにブレインブックという養老孟司先生監訳の本がありますので引用します。
例えばテニスの試合、相手コートからサーブを打ち込まれます。レシーブ側選手は打ち込まれたボールが実際に見えるのはネットのこちら側に着地した時で、これでは打ち返すのに間に合わない。入力情報が意識にのぼるまで0.5秒さらに身体を動かすのに0.5秒、つまり1秒かかってしまうと、飛んできたボールなんか打ち返せないわけです。ところがレシーブ側選手の脳は、相手がネットの向こう側で動作している時に着地点を予測し、レシーブ動作を脳内で準備する「運動計画」を無意識に立案します。これによってボールが見えてから意識的な操作(レシーブ動作)をしても間に合う。これが脳の準備、まだ発生していない事が脳内にある、というわけです。
このあたりのことをeスポーツで研究したいんですよね。脳の集中、予測、決定、脳から命令が下りてきて動く。eスポーツのジャンル別にやってみたい。これで、いかに反応動作を早くするか。いろんな事が見えてくると思いますね。
脳の錯覚・パラドックス
西薗:人間のことはね、全然わかっていなかった。最近でいえば、とある研究があって、サッカーのオフサイドのときの線審。あれは線審の錯覚が関与する事も多い、という事がわかったんです。選手が走りこんで行って後方からボールが蹴り出される。ボールを見ている線審は「選手がそのまま走り続けている」と錯覚しているケースがある、というわけです。見ていない。よく選手が「自分はオフサイドラインを出ていない!」と抗議する場面があるでしょう?あれ、頻度はともかく結果的に選手が正しい事もあったわけですね(笑)それで、現在はビデオ判定などで慎重にジャッジされるようになっているわけです。
ちょっとまとめますとね。eスポーツでやりたい研究としては、第一に脳の判断メカニズム。第二に判断メカニズム(思い込み、錯覚)を利用した戦術戦略。第三にこうした成果を教育トレーニングに活かそう、という事を考えています。福岡デザイン&テクノロジー専門学校の伊藤先生(編集注:FeRC会員伊藤僚洋氏)などとぜひ研究したいですね!
ちなみに伊藤先生は以前お会いした際に「一流のeスポーツ選手で姿勢の悪い人は一人もいない」とおっしゃっていました。そういうところもしっかり見ていきたいと思います。
事務局:脳のお話し、たいへんに刺激的で面白いです!
西薗:脳は、全てを使わないといけません。あらゆる脳の箇所。視覚・聴覚。前頭前野・創造的なところ。一概に言えないかもしれないけど、芸術家は長生きする。脳のすべてを使っているからだと思いますね。私自身、二科会員の有川基雄先生(注:2018年逝去。二科会会員)に絵を習って月2回、10年ほど通って描いてました。いろいろな事を感じ、イメージしながら書くので「脳をすごく使っている」と実感しましたね。
文化は”遊び”から生まれる
事務局:「勉強だけ」「〇〇だけ」は必ずしも良くはないのですね。
西薗:勉強して・読んで・理解して・試験を…脳のごく一部の、これだけでは人間、良くありませんね。だいたい人間は楽しい事はやりますからね。ロジェ・カイヨワという人の「遊びと人間」という本があるのですが、人間の文化は遊びから生まれる、と言っています。遊びの中から文化が生まれてきたのです。いろんな遊びがある、そのなかの“ゲーム”というのは競争なんですね。競争からゲームが生まれ、スポーツが生まれた。 ※編集注:カイヨワは著書で遊びを競争・運・模擬・眩暈のどれかの性質があると提示した
スポーツは全身運動で、eスポーツは部分運動(指だけとか限定的)という違いはあるのですが。ともかくね、人間そもそも遊びから、研究も社会生活もどんどん発展してきたと考えています。そう根本的に、楽しいという感覚。楽しい!好き!であることから発展して来たのだと。ゲーム・スポーツ、その中にeスポーツも入っていく。そう思っています。
事務局:西薗教授、お忙しいなか、ありがとうございました!
西薗教授インタビュー3部作、いかがでしたでしょうか。eスポーツ研究に取り組まれるなかに、人間の可能性の豊かさを感じる素晴らしいお話をうかがうことが出来ました。活き活きと語られる教授のお人柄にもあらためて感銘する時間でした。文責:FeRC事務局
【西薗秀嗣】にしぞのひでつぐ 九州産業大学人間科学部スポーツ健康科学科 教授
1950年(昭和25年)大阪生まれ,1964年東京オリンピックをみて現在の道へ。1979年東京大学大学院教育学研究科博士課程修了,教育学博士。北海道大学教育学部講師,鹿屋体育大学助教授,カルフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)生理学部客員教授。鹿屋体育大学ではスポーツトレーニング教育研究センター教授,スポーツ生命科学系教授など歴任,2016年名誉教授。同大退官後,九州産業大学にて現職。九州大学体育連合理事長(2019年~)「体育・スポーツ教育研究」編集委員長 (2019年~)鹿児島県スクールカウンセラー(2004年~2015年)「超人たちのパラリンピック」企画/監修/出演(NHK BS1 2017.10.28放映)趣味は絵画(油絵,アクリル画)フォークソング,古代史,読書,サッカー、ウイニングイレブンなど多彩。