eスポーツとゲームの健全かつ健康的な活用③臨床心理士・神崎保孝先生

2020.5.22

【研究者の眼】 臨床心理士・神崎保孝先生

eスポーツとゲームの健全かつ健康的な活用③
――「ゲーム症/障害」「モラルパニック」の攻略がもたらす新世代の文化――

参画研究者の知見をご紹介する「研究者の眼」。

第三回となる今回は、日本トップレベルのeモータースポーツチーム「ニワカゲームス」の指導者であり、「ゲーム症/障害(通称:ゲーム依存)」が新設されたWHOのプロジェクトにも参加協力経験がある臨床心理学の専門家、臨床心理士・神崎保孝先生のリモートロングインタビュー第三部・完結編をお届けします。

神崎先生は、学生時代に心理学を学びながら、大手ゲーム会社プロデューサーからの依頼でゲームの企画開発に参加した異色の経歴の持ち主です。トリロジーを締めくくる今回は、eスポーツやゲームの今後の可能性について、経験談を交えて解説して頂きます。


eスポーツ選手と子どもたち

―――対応の具体例について、ケーススタディで教えて頂きありがとうございます。「問題行動」に見えても「必要行動」や「防衛行動」だというのは、まさにおっしゃる通りだと思います。不登校のケースも、おっしゃるようなゲームが先か不登校に至らせてしまった要因が先かという根本的なことに気付けないのは、私たち大人の責任なのではないだろうかと感じました。今の時代は学校にスクールカウンセラーの先生がいらっしゃるので心強いです。ちなみに、もし我が子がeスポーツの選手になりたいと言った時は、どのように対応したら良いのでしょうか?

私は、大学・専門学校から高校・中学校・小学校まで各年代の学校の受け持ちがありますが、ご指摘のように、最近は学校現場において将来の夢がeスポーツ選手という話を耳にするようになりました。小中学生では「専業」を、高校生以上では「兼業」を志望するという傾向の違いはありますが、eスポーツ選手という職業が徐々に市民権を得てきていることを肌で感じております。新しい職業ゆえ、ご心配な保護者の方もおられることと思いますが、一般論として、夢があることは心の支えになり得ますので素晴らしいことだと思います。

現時点でeスポーツ選手を生業とするには、チームや企業からのスポンサードや、ゲームタイトルにおけるプロライセンス公認を受け、大会賞金・イベント収入・配信収入などにより生計を立てる方法が主流です。本人のキャラクターやビジュアルなどの魅力も影響しますが、基本的には競技の世界ですので、一定の実力がなければeスポーツ選手としての活動は望めないことでしょう。ですので、本人の適性を見るためには、安全であれば小規模のものやオンラインのものからで構いませんので、大会や練習会などにチャレンジさせてみるというのが現実的な対応かと思います。リアルスポーツにおいて、地元のクラブチームや学校の部活動などに参加し、その中で他者との比較によって力量や将来性を見極めていくのと同様です。本人としても、「eスポーツ選手は不安定な職業だから」と正論を言われるよりも、客観的に自分自身がどのレベルまで通用するのかを実感した方が、現在地は自覚しやすいものと思います。もしも、グランツーリスモの大会や練習会などへの参加をご検討の際は、どうぞご遠慮なくご相談ください。

また、eスポーツ選手として活動する上でも、知性社会性は必須です。ムラなくコンスタントに結果を残すためには技術だけでなく賢さが求められますし、チームや企業の看板を背負うためには広告塔に値する好印象な人間性が欠かせません。したがって、eスポーツ選手になれるか否かにかかわらず、ひとりの人間としての教養や常識を身に付けるため、学業にはしっかりと取り組むようご指導をお願いいたします。伝え方としては、「ゲームしないで勉強しなさい」と言ってしまうと、やる気が削がれて無気力になったり、進路の相談をあまりしなくなったりする心配がありますので、「ゲームも勉強もしなさい」とのメッセージが伝わる方が良いと思います。

社会参加のプロセス

―――「ゲームも勉強も」という伝え方は、とても良いなと思います。eスポーツの選手になるかどうかという職業選択の問題と考えてしまいがちですが、その前にひとりの人間として教育やチャレンジが大切だと改めて思いました。そのeスポーツがメジャーになってきたことにも関係しますが、eスポーツやゲームの今後の可能性について、神崎先生のお考えを教えてください。

臨床的には、精神疾患の心理療法、身体疾患のメンタルヘルスケア、認知機能のトレーニングなどをはじめとして、ゲーム活用に適応が報告されており、このようなアプローチは今後ますます増えていくことが予想されます。また、eスポーツには、障害の有無や年齢などにかかわらず同じフィールドで競い合えるという独自性がありますので、心身にご事情のある方々やご高齢者のみなさんが一緒に競技参加できることはもちろん、本来なら我慢や苦痛を伴うトレーニングやリハビリなどを、少しでも楽しみながら行えるツールとしても、非常に活用可能性が高いと考えております。

そもそもゲームとは、「何らかの問題解決を、様々な工夫・演出を用いてモチベーションの維持向上を図りながら行う作業」にほかなりません。また、ゲーム開発に際しては、クオリティと同時に、操作性などに配慮したユーザビリティも求められます。このようなゲームの構造的な特長や技術的なノウハウを応用した「ゲーミフィケーション」と呼ばれる取り組みは、教育や医療などの分野でも間違いなく加速していくことでしょう。例えば、パイロットの訓練や外科手術の支援において、既にゲーミフィケーションが活かされていることは有名です。特に、そう遠くない未来、次世代移動通信システムやXRなどのインフラ整備や技術開発がさらに進めば、果てしなくその展望が広がっていくものと思いますので、大変な魅力を感じております。

それと、私自身の学生時代の話で恐縮ですが、当時はまだSNSがありませんでしたので、個人が開設しているゲームファンサイトの掲示板に、あるスポーツゲームについての感想やアイデアを書き込んだところ、その書き込みを見た大手ゲーム会社のプロデューサーさんからご連絡を頂き、「面白いアイデアなので是非詳しくお話を聞かせてください」というご依頼を頂きました。それで、企画書と呼べるような大したものではありませんでしたが、自分なりの構想をまとめて提案したという経験があります。残念ながら、当時のゲーム機のスペックでは、私の企画を実現するのは技術的に難しいということでお蔵入りになったのですが、学生だった私にとって、第三者の大人に、しかも、専門の方に自分を認めてもらったような気がして、とても貴重な体験になりました。ちょうどその頃は、冒頭でお話ししたように心身の不調がまだ続いていた経緯もあり、まさに私としては救われた思いがした次第です。

このような、ゲームを単に娯楽として楽しむだけでなく、その活動を通じて他者や社会と関われたり認められたりする社会参加のプロセスは、学校の部活動や社会人の余暇活動などと何ら変わりはありませんので、これからの時代の社会活動の選択肢になり得るものと考えます。しかも、eスポーツやゲームはオンラインでも行えますので、国や文化などを飛び越えて交流できることはもとより、通信環境が良好なら遠隔地からでも参集して競技できるため、現在の新型コロナウィルス感染症の蔓延下にあって、実際に対面せずとも大会や練習会などのイベント開催を可能とする点も大きな強みです。さらに、感染症が無事終息した後に、国際大会から草の根レベルに至るまでの各eスポーツコミュニティがオフラインで復活を果たせば、地域社会の活性化にも貢献が期待できます。

ちなみに、実はWHOも、新型コロナウィルス感染症対策の一環として、自宅でのゲームプレイを推奨する「#PlayApartTogether」というキャンペーンを現在展開しています。この動きに対しては、ICD-11においてゲーム症/障害を新設したこととの整合性について戸惑いの声が上がっているのは事実ですが、個人的には、実情に応じた合理的な判断と受け止めており、支持しているところです。

心身の成長や地域社会の活性化にもつながる新世代のeスポーツ文化を【2019年撮影】

eスポーツ選手へのメッセージ

―――学生時代にゲームの企画開発に参加していらっしゃったというのは、すごく貴重なご経験ですね。おっしゃる通り、eスポーツやゲーム自体はもちろんのこと、それらの活動を通じた出会いや経験にも大きな可能性を感じます。WHOが一転してゲームを推奨するようになったことにも、とても驚きました。それでは最後に、eスポーツやゲームに関わるみなさまに、神崎先生からのご提言とメッセージをお願いします。

僭越ながら、eスポーツ選手のみなさんへ学校教育に携わる者としてお伝えしたいのが、eスポーツ選手という「職業」は子どもたちの憧れになりつつありますが、選手おひとりおひとりも一職業人・一社会人という「人間」として、子どもたちのロールモデルになって頂ければという願いです。単なる私の雑感にて恐れ入りますが、eスポーツ選手のみなさんは、技術とサービス精神は超一流ですが、時にサービス精神が過ぎるあまり、一部、言葉選びなどに不適切さが見受けられる場面があるようです。

古来からのゲームは、私も含めた一部のマニアック勢向けのニッチなコンテンツでしたが、国体やオリンピックにeスポーツが一プログラムとして選ばれようかという時代では、流石に昔と同じようには参りません。服装の相応しさとして「ドレスコード」があるように、発言や立ち居振る舞いにも、良い意味での「よそ行き」があります。我々福岡eスポーツリサーチコンソーシアムは、産官学の関係者が集結し、本気でeスポーツを応援しております。eスポーツ選手のみなさんも、くれぐれもご自分でご自分の社会的価値を下げることなく、子どもたちに手本や規範を示して頂ければ幸甚です。

eスポーツと賢い選択

最後に総括としては、2018年は、「eスポーツ」という言葉が新語・流行語大賞トップ10へ選出されるとともに、WHOのICD-11にゲーム症/障害の新設が発表され、明暗両面において「eスポーツ元年」となりました。そして、2019年には、日本最大のスポーツ大会である国体を舞台に「全国都道府県対抗eスポーツ選手権」が初開催され、2020年では、WHOが感染症対策として自宅でのゲームプレイを推奨するなど、eスポーツやゲームを取り巻く状況は、ここ数年でまさに目まぐるしく変化しています。

この中で、2018年にゲーム症/障害を新設したWHOが、2020年にはゲームプレイを推奨している事実は、「ゲーム=悪」もしくは「ゲーム≒悪」というステレオタイプからの解放とともに、ゲーム症/障害の本質は、「過ぎたるは、なお及ばざるがごとし」にあることを示唆していると言えましょう。本来人間にとって不可欠な水分でさえ、摂取し過ぎれば「水中毒」に陥ります。すなわち、「ゲームとの関係性」や「ゲームとの距離感」を合理的に調整し、人間がゲームに振り回されるのではなく、人間が主体的にゲームを活用してプラスに作用させることが、個人にとっても社会全体にとっても賢い選択であろうと考えます。本日の内容がその一助となれば望外です。

【神崎保孝】ニワカゲームスeモータースポーツチーム メンタルアドバイザー 

臨床心理士指定大学院修士課程~博士課程を経て臨床心理士登録。 教育庁教職員メンタルヘルスカウンセラー・研修講師、教育委員会SCスーパーバイザー、精神保健福祉センター自殺対策・自死遺族ケアカウンセラー、急性期・回復期総合病院アドバイザー・カウンセリング専門外来、商工会議所アドバイザー、民事訴訟事件裁判鑑定人、政策研究ネットワーク委員などを歴任のほか、私立学校教職員・保護者の年次全国会議における記念講演者、近県の医療機関が参集する専門研修の特別講師などを務め、WHOのプロジェクト、熊本地震の災害派遣、殺人事件・人身死亡事故・自死・いじめケースの心のケアなどにも参加協力。

国内のeスポーツ業界初、心理学の臨床家として顧問契約を締結したeモータースポーツチーム「ニワカゲームス」は、茨城国体で銀メダルを獲得するなど日本トップレベル。 福岡eスポーツリサーチコンソーシアム運営正会員。

【連絡先:inquiry_kanzaki@yahoo.co.jp】